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幸絵の願い

”お義母さん、
 優しい人だったな・・・・。”

幸絵は前を行く
ゆさゆさと身体を揺すりながら歩く
義春の姿を見ながら
智子のことを思い浮かべていました。

貧しくても楽しかった
あの頃のこと・・・。

”もう・・
 あの頃には戻れないのかな・・・?

 そんなことない・・・
 きっと・・・
 きっと・・・。”

何れは義春との間に
子供を授かり
幸せな家庭を築きいきたい・・・
幸絵はそう願っています。

けれども
彼女の置かれた今の状況は
過酷なものです。

義春はあの兄の様に
優しかった義春ではありません。

傍若無人、
粗暴な振る舞いは目に余るものです。

しかし
そんな義春を幸絵は愛さずには
居られないのです。

”小さかった時のこと
 もう忘れてしまったのかな・・・?”

自分の思いが一方通行であることを
幸絵は知っています。

閉ざされた
義春の心の扉を開きたい・・・
それが幸絵の一番の想いです。

気がつくと
先を行く義春が
立ち止まっていました。

見つめる視線の先には
この小さな港町には不似合いな一級河川の
知久土川が流れています。

「きゃっ・・あ・・危ない・・・!」

yukie007


突然急な川の堤を
義春が駆け下り始めたのです。

「幸絵加虐生殺自在主様っ
 き・・気をつけて・・・!」
 
足元には石がごろごろとしており
躓けば義春の巨体は
岩の様に転げ落ちてしまいます。

『幸ちゃん・・・
 義春おっちょこちょいだから
 危ない所に行かないように
 注意してあげてね・・・。』

あの日智子に言われた
言葉を思い起こしました。

”はい・・・
 判ってます・・お義母さん・・・。”

義春の幸せが幸絵の生き甲斐です。
全ては義春の望むがままに・・・
いつか心を開いてくれる日が来ることを
密かに願いながら尽くしています。

”頑張ります・・私・・
 お義母さん・・・。”

幸絵も自転車が倒れぬように支えつつ
義春の背中を追い掛けていきました。

”あ・・・あ・・
 気を付けて・・・”

義春をなくしたら
幸絵の願いも果たせません・・・。

危なげな義春の足取りを見ながら
忘れたくても忘れられない
哀しい記憶がまた甦ってきたのでした。

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