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再会?

『再会?』

「あ・・・
 義春兄ちゃん・・・!」

受験しようとしている高校の下見の帰り道、
幸絵は義春の姿を見かけました。
引越し以来4年ぶりにみた
義春の姿は亡くなった進を思わせる
立派な体格になっていました。

「でも・・変わってない・・うふ・・・。」

幸絵には愛くるしいと
感じとれる丸顔と黒縁めがねは
そのままでした。

「どこ行くのかな・・・?
 久しぶりにお話したいな・・・。」

幸絵の受験しようとしている
この界隈で唯一の進学校である知久土高の
3年生のクラスに義春は通っていました。

幸雄に命じられるがまま
義春にも智子にも逢っていない幸絵です。

けれども、もしこの日、
幸絵が義春の姿を見掛けていなければ
いえ、せめてこの日でさえなければ
きっと二人の人生は
全く異なったものになっていたでしょう。

しかし
そんなことを知る由も無い幸絵です。

今、義春の歩く姿を見て
父を思うが為に封じてきていた
義春と智子に逢いたいという気持ちが
一気に蘇ったのです。

「あれ、お友達かな・・・?」

幸絵の視線の先にある義春は
二人の男子学生と
連れ立って歩いています。

「お父さん、御免なさい・・・
 ちょっとくらい、いいよね。」

引越しの時に言い渡された
父の命令を頑なに守ってきた幸絵でしたが
思春期を迎え
小さな秘密を親に持つことも
覚え始めていました。

多少の後ろめたさを感じながらも
懐かしさに吊られて
幸絵は3人の後についていきました。

やがて幸絵の眼前に
懐かしい風景が拡がりました。

そこは二人が
昔良く遊んだ高野川の河原、
その少し上流でした。

”あ・・河原・・・
 懐かしい・・・何年ぶりかな・・・?”

二人が昔遊んでいた場所からは
2kmほど上流ではありましたが
その雰囲気は殆ど変わりません。

義春と幼い自分が過ごした
楽しかった日々を思い起こしていました。

しかし土手を歩いていくうちに
やがて幸絵はおかしなことに気付きました。

彼らが全く会話をしておらず
義春はただ連れて行かれているだけのように見えるのです。

「ここらでいいだろ・・・。」

男子学生の一人がその言葉と共に
土手を駆け下りてすすきの茂る河原に駆け下りたのです。

「おらっ、降りろよっ!」

もう一人の学生に背中を押され
義春も大きな身体を揺らし
おぼつかない足取りで土手を駆け下りました。

”え・・・?”

思わぬ展開に戸惑いながらも
幸絵も3人に気付かれぬように土手を降りました。
そして息を殺し、
すすきに隠れてその様子を伺ったのです。

義春を囲む
二人の怒鳴り声が聞こえてきました。

「ホラッ!
ヨッチィわかってんだろっ!
 だせよっ・・金っ!」

「あ・・・
 あ・・・き・・きの・・・
 昨日・・・あげ・・・
 あげ・・あげたので・・・
 ぜ・・全部・・全部・・・
 だ・・だから・・・あ・・
 なな・・ないです。」

義春は震える声で答えています。

”義春にいちゃん・・・。”

「ばかやろうっ!
 あれっぽっちで足りるわけないだろっ!?
 ざけてんのかっ?」

ブルッ・・ブルブルブル・・・・っ

怯えている義春は首を
左右に大きく振りました。

「だったら、
 何で今日も持ってこねぇんだよっ!」

「あああ・・
 あれ・・・
 あれが・・・
 こ・・・こんげ・・今月、
 か・・かあ・・・
 母ちゃんから・・・
 も・・貰った・・・
 こ・・こづかい・・・
 ぜ・・全部っ・・・!」

「はぁっ?」

「こ・・高校3年の
 1ヶ月の小遣いが2千円・・・って、 
 なめてんのかっ!?」

「ほ・・・
 ほ・・ほんと・・・
 ほんとなの・・・!
 か・・・
 母ちゃんから・・うぐ・・・・。」

義春の顔は
既に涙でクシャクシャになっていました。

義春も母の苦労が判っており、
いらないと言う義春の手に

「お腹すいたら
 勉強に集中できないでしょ・・・?」

と無理やり渡す智子からのお金でした。

愛する母が一生懸命に
働いてくれたお金です。

”母ちゃん・・ごめん・・・”

イジメられたくなくて
その大事なお金を渡す自分自身が情けなくも有りました。
智子の想いを裏切るようで
とても辛い行為でした。

「だったら脱いでみろよっ・・・!
 ポケットだけじゃなく、
 パンツも何もかも脱いでよ!!」

義春はズボンのポケットを
裏返しに出し、
中が空っぽであることを示しました。

「ほらっ・・
 パンツの中は・・・。」

「あうぅっ・・」

カチャ・・・カチャ・・・

ベルトを外しズボンを下ろしました。

ズルズル・・・・・

大きなブリーフタイプのパンツを脱ぎ下ろしました。

「ぎゃははははは・・・・・!」

yukie011


「なんだ、あのち○こ!俺の小指よりもちっちぇー!」

「あはっ・・あはっあははははははは・・・・。」

容赦の無い笑い声が川原に響き渡りました。

”い・・・虐められてる・・・
 義春兄ちゃん・・・・
 虐められてるんだ・・・・!”

幸絵は何とか
義春を助けたかったのですが、
助けを呼ぼうにも
周りに人の気配はありません。

幸絵の震える足はそこから
一歩も踏み出すことができません。

”ご・・ごめんね・・おにいちゃん・・・。”

幸絵は風で揺れるすすきの陰に隠れ
ただじっと見つめてるだけしか
出来なかったのです。

幸絵、智子と義春との別れ

中村工業の新特許製品
SMMD(SuperMicroMotorDevice)は
特許が認定される前から
既に噂は電気工業界から注目を浴びていました。

僅かに寸法0.5mmの大きさで
熱を感じると
振動を始める非金属部品です。

一定の周波数、
ランダム周波数、
如何なる振動も作り出せます。

人工臓器、攪拌器、携帯電話・・・
組み合わせることによっては
駆動機関にもなります。

当然、
大手電気メーカーから
注文が相次ぎました。

高額な特許買取の話もありましたが、
幸雄は頑として
首を縦に振ることはありませんでした。

そのおかげで
会社は急速の規模で大きくなり、
SMMDを使った新製品も
次々と売り出されていきました。

進の一周忌が過ぎた頃、
幸絵たちは住み慣れたアパートを離れました。

幸雄は郊外に大きな家を建てたのです。

当然、
義春と智子はアパートに残ったままです。
幸絵と義春にとっては悲しい別れでした。

それまで幸雄は智子と義春を手厚く
遇していたのですが

「もう義春と遊んではいけないよ・・・。」

引越しの頃を境に
彼らを避けるようになっていったのです。

まだ小学生だった幸絵にも
事故の直前まで一緒にいた父が
進を救うことが出来なかった負い目に苦しんでいることを
感じていました。

”お父さんもきっと辛いんだ・・・。”

時折悔しそうに
空を見上げる幸雄の横顔を見ると
大好きな智子と義春に逢うことを
幸絵は我慢することを思うのでした。

やがて数年が過ぎ、
幸絵も来年は高校受験を控える
年齢を迎えていました。

「行ってきます・・・。」

「おうっ!
 乗ってくか・・・?」

yukie010


「うん・・・
 あ・・いいよ、お父さん、
 高校までの道、覚えたいから・・・
 バスと歩きで行って見るよ・・・く!」

「そうか・・
 じゃ・・・気を付けていけよっ!」

「はいっ・・・!
 お父さんもね!」

「おうっ!」

既に日本でも有数な電機メーカーとなった
中村工業のCEOでも
幸絵にとっては
今も昔も優しい父には変わりません。

バタンッ・・・!

「行ってくる・・・!」

ブロロロロロ・・・

数ある自家用車の中でも
お気に入りの外車に乗り込む幸雄は
幸絵に笑顔を見せて
車を走らせていきました。

「さて、私も行かなくちゃ・・・」

幸絵も受験先の高校に向けて
歩き始めたのでした。

寂しい葬儀

それは将来を語り飲み明かした
幸絵の父幸雄と共に終電を待つ
駅のホームでのことでした。

泥酔した進は足を踏み外し
通過する貨物列車に轢かれてしまったのです。

すぐ様、
近隣の病院に担ぎ込まれたのですが、
義春を伴い
智子が駆け着けた時には
既に事切れていたのです。

「お・・・俺がついていながらっ!」

幸雄の嗚咽が
病院の廊下に響きました。

「あ・・あなたぁっ!
 あ・・あぁぁっ・・・!」

「と・・とうちゃぁぁん!」

智子と義春も進の亡骸に
縋りつき泣き崩れたのです。

しかし
智子が取り乱したのは
この時だけでした。
駆け落ちをしてきた智子たちです。

頼るべき親戚もありません。
10年以上も
音沙汰の無かった二人に
参列どころか電話の一本も無かったのです。

智子は僅かな蓄えで
気丈に喪主として葬儀を挙げました。

葬儀に参列したのは
幸絵ら家族と
中村工業の若い従業員二人、
そしてアパートの住人達数人だけと
寂しいものでした。

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それでも毅然とした態度を崩さぬ
喪服姿の智子の美しさは
幸絵にもそして
義春の目にも焼き付けられました。

そして進の四十九日も過ぎた頃
申請した新しい電気部品の
正式特許が下りたのでした。

二人の父

幸絵の思い返した
忌まわしい過去
それには二人の父について物語らなければなりません。

義春の父、
坂井進は先述したように智子と
二人で駆け落ちして神崎県にやってきました。

「中村先輩・・・、
 いえっ・・・社長、
 今度こそ自信があります。
 成功しますよっ、
 絶対、絶対です。」

「そうだなっ!
 あれなら絶対行けるな・・・!」

「特許申請も済ませたし・・・。」

「うむ、大丈夫だ・・・
 明日には返事も来るだろうっ!」

「や・・やったぁ・・・、
 これで智子に・・・
 義春に美味いもの食べさせられる!」

「悪かったな・・・
 安月給で働かせて・・・!」

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「そ・・
 そんなことないっす、
 しゃ・・社長にはほんと感謝してますっ!」

「あはは、
 うそだよっ!
 まあ確かに生活苦しかったよな・・・。
 俺んちもそうだったから・・
 でも、
 それも終わりそうだな・・・。」

若くして駆け落ちした進は
神崎県の工業地帯にある小さな電気部品工場に
アルバイトとしてやっとの思いで
雇って貰いました。

その工場に幸雄がいたのです。
高卒で就職した彼も23歳、
そろそろ中堅社員になりつつあった頃のことでした。

智子と生まれたばかりの義春のため
進はまじめに働きました。
そんな進を
幸雄はとても可愛がっていました。


転機がきたのは
それから
10年も過ぎた頃のことでした。

幸雄は密かに退社し
電気部品工場の会社を興そうと
思っていたのです。

「来るか・・・進?」

手先が器用で
電子機器の勉強も熱心に
し始めていた進の力は
工場でも重宝がられていました。

しかし経営者は
気の弱い進が何も言わないことをいいことに
10年経ってもバイト扱いのままにしていたのです。

会社の姿勢にも辟易としていたの事実ですが、
慕っている幸雄に
進はついていく事しました。

「でも社長、
 あれからもう2年・・、
 あっという間でしたね。」

「ああ、
 そうだな・・早かったな・・・
 進・・でもこれからだぞっ!
 幸せが待っているのは!」

「はいっ!」

「もう一件、行こうっ!」

「はいっ、
 どこまでも
 社長についていきますっ!」

愛する智子と義春の喜ぶ顔が
目に浮かびました。

"待ってろよ、
 智子、義春・・・。”

苦労を掛けた二人に
やっと人並み以上の生活を
送らせる事が出来る。

進は幸福の絶頂に有りました。

けれど
どこに不幸は待っているか判りません。

その夜の帰り道、
坂井進は帰らぬ人となったのです。

幸絵の願い

”お義母さん、
 優しい人だったな・・・・。”

幸絵は前を行く
ゆさゆさと身体を揺すりながら歩く
義春の姿を見ながら
智子のことを思い浮かべていました。

貧しくても楽しかった
あの頃のこと・・・。

”もう・・
 あの頃には戻れないのかな・・・?

 そんなことない・・・
 きっと・・・
 きっと・・・。”

何れは義春との間に
子供を授かり
幸せな家庭を築きいきたい・・・
幸絵はそう願っています。

けれども
彼女の置かれた今の状況は
過酷なものです。

義春はあの兄の様に
優しかった義春ではありません。

傍若無人、
粗暴な振る舞いは目に余るものです。

しかし
そんな義春を幸絵は愛さずには
居られないのです。

”小さかった時のこと
 もう忘れてしまったのかな・・・?”

自分の思いが一方通行であることを
幸絵は知っています。

閉ざされた
義春の心の扉を開きたい・・・
それが幸絵の一番の想いです。

気がつくと
先を行く義春が
立ち止まっていました。

見つめる視線の先には
この小さな港町には不似合いな一級河川の
知久土川が流れています。

「きゃっ・・あ・・危ない・・・!」

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突然急な川の堤を
義春が駆け下り始めたのです。

「幸絵加虐生殺自在主様っ
 き・・気をつけて・・・!」
 
足元には石がごろごろとしており
躓けば義春の巨体は
岩の様に転げ落ちてしまいます。

『幸ちゃん・・・
 義春おっちょこちょいだから
 危ない所に行かないように
 注意してあげてね・・・。』

あの日智子に言われた
言葉を思い起こしました。

”はい・・・
 判ってます・・お義母さん・・・。”

義春の幸せが幸絵の生き甲斐です。
全ては義春の望むがままに・・・
いつか心を開いてくれる日が来ることを
密かに願いながら尽くしています。

”頑張ります・・私・・
 お義母さん・・・。”

幸絵も自転車が倒れぬように支えつつ
義春の背中を追い掛けていきました。

”あ・・・あ・・
 気を付けて・・・”

義春をなくしたら
幸絵の願いも果たせません・・・。

危なげな義春の足取りを見ながら
忘れたくても忘れられない
哀しい記憶がまた甦ってきたのでした。

美しき母

義春と幸絵が
出掛ける前に必ず行く場所、
それは義春の母のところでした。

義春はアパートを離れる時
必ず小さな部屋で内職をしている
母親の元に向かいました。

義春の母の名前は智子。

15の時に義春の父である
坂井進と駆け落ちし、
その翌年
義春を産み落としたのです。

幼子を抱えた若い二人の所帯は
相当な苦労があったはずなのですが
そんな素振りを
智子も進も義春に見せる人では
ありませんでした。

「か・・
 かあちゃ・・ん、
 ゆ・・幸ちゃん・・
 つ・・連れて
 た・・たか・・
 高野川まで・・・
 い・・行ってくる・・・。」

アパートの2階の部屋に
義春が智子を訪ねると・・・

階段の下に待つ
幸絵の元まで智子は着てくれました。

「幸ちゃん、こんにちわ・・・。
 はい・・これ・・・。」

「あ・・ありがとう
 おばちゃん・・・。」

まだ20代の智子に
その呼び方は似つかわしくはありませんでしたが
智子は笑顔で応えます。

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「うん、気を付けてね。
 川の傍に行ったら駄目よ・・・。
 特に義春はおっちょこちょいだから・・・。
 
 危なそうなところに行ったら
 叱ってあげてね。」

「ひ・・
 ひど・・ひどいなっ!
 か・・・
 母ちゃん。
 お・・
 俺が・・
 俺が幸・・・幸ちゃんを
 ま・・守るの・・・。」

「そうぉ?
 あぶなっかしいからな、
 義春は・・・。」

「ふ・・ふん、
 し・・しらねぇやっ!
 か・・母ちゃんな・・なんて!」

義春は不機嫌そうな顔を見せますが、
それは決して智子のことが
嫌いで示しているわけではないことを
幸絵は知っていました。

義春は美しい母を
心の底から愛しているのです。

「気を付けてね・・・。
 それと義春
 今晩はカレーよ。
 遅くならないうちに帰ってくるのよ・・・・・・・。」

好物のカレーが
今晩のおかずと聞いて
義春の顔が明るくなったのを
幸絵は見ました。

「行ってきまぁす・・・。」

幸絵もこの美しくそして優しい智子を
慕っていました。
親しみを込めて
大きな声で出掛ける挨拶をしました。

その横で義春も
大人ぶって手を上げて挨拶をしていました。

その姿を優しい微笑を
浮かべて見ていた智子のことを
幸絵は今日まで忘れたことはないのです。

幼馴染

哀玩ストアからの帰途、
幸絵は義春と一緒に歩いて帰れることに
心から喜びを感じていました。

”一緒に歩いて帰られる・・・。”

幸絵は思わず
昔のことを思い出しました。

幸絵と義春は幼馴染みです。

彼らは今住んでいる
ここ知久土県知久土市から
遠く500km近く離れた工業地帯である
神崎県神崎市に住んでいました。

父親同士の勤め先が一緒なことから
同じアパートの寮に住んでいました。

三つ年上の義春は
幸絵のことを妹の様に可愛がり
幸絵も心根の優しい義春のことを
慕っていました。

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「ね・・・
 義春にいちゃん、
 今日は何処行くの・・・?」

「そ・・
 そ・・そうだな・・・、
 た・・・たか・・高野川の
 か・・河原に・・・
 花がい・・
 いっぱい咲いてたぞ・・・。」

「えっ・・ほんとう?
 見に行きたいなぁっ!」

「・・い
 ・・いいよ
 ・・・つ・・連れてってあげるよっ!」

当時から口下手な義春は
同級生の友達を作ることが出来ず、
帰宅すると
両親共に働きに出てしまっている
ひとりぼっちの幸絵と遊ぶことが
毎日の日課になっていました。

「あ・・・
 で・・でも・・
 そ・・その前に・・・・。」

「うん・・、わかってるって!」

二人には遊びに行く前に
必ず行く場所があったのです。

『幸せな悩み』

『幸せな悩み』

正直な所、
義春は今日幸絵を哀玩ストアに尋ねても
金を貰うことが出来ないと思っていたのです。

給料の大半を義春の遊興費に費やし、
僅かに残ったお金で生活をやりくりしている
幸絵です。

たった3日前に
その切り詰めた生活費さえも奪い去り
ギャンブルで使い果たしてしまったのは
当の義春です。

幸絵の取り成しをいいことに
哀玩ストアで暴れ
何をしても
自分に尽くし続ける幸絵を
殴る蹴るして鬱憤晴らしを
するつもりだったのです。

思わぬ副収入は
義春の口元を綻ばせていました。

「あ・・・あの・・・。
 幸絵・・幸絵加虐生殺自在主様・・・。」

義春の機嫌が戻ったことを感じ取ると
幸絵は恐る恐る声を掛けました。

彼女の言う
”幸絵加虐生殺自在主・・”とは
彼女自身が義春を呼称する際に
我が身の所有、存在が
彼にあることを顕すために
考え出した名前です。

彼女は二人でいる時
必ずこの呼び方で
義春を拝しているのです。

「ん・・・何だ・・・?」

心なしか
義春の声が明るく聞こえます。

「あの今日・・、
 棚卸しであと15分くらいで
 私、帰れそうなんです・・・。」

「ああん・・・?」

既に足がパチンコ屋に
向こうとしていた義春は
眉間に皺を寄せて振り返りました。

「あの・・
 すぐにお食事の支度をしますっ・・・。
 お食事の後・・・
 どんなご奉仕も
 させていただきます・・・。」

幸絵は再び土下座の姿勢を取り
アスファルトに額をぶつけながら訴えました。

「お・・・俺に
 俺に・・・ま・・待てだとっ・・・!?」

義春の語気に怒りが混じってきたのを
幸絵は感じました。

「あ・・ああ・・
 どんな・・どんな罰でも受けます。
 だから・・どうぞ・・ご一緒に・・・。」

幸絵は滅多に義春に対し
こんなお願いはしません。

幸絵らしくない
このお願い行為は
義春の身を思ってのことです。

義春は昨夜帰宅していません。
お金を持たせると
家に立ち寄ってくれなくなるのです。

”お食事・・・
 お食べになってらっしゃるかな・・・?”

先月もギャンブルに持ち金を使い果たし
その店の冷蔵庫を漁り
危うく警察沙汰に
成り掛けたこともある義春です。

呼び出しに応じ
ここでも平身低頭の幸絵の謝罪と
弁償で事なきを何とか得たのです。

重い罪の前科のある義春です。
警察の厄介になることは
何としてでも
避けなければなりません。

しかし何より
自分の命より大事な義春に
飢えを感じさせたくない幸絵なのです。

「あん・・め・・飯・・か・・?」

本当はこのままその足で
パチンコに向かおうと思っていた義春でしたが
少し思案したのでした。

”ま・・・待てよ・・・。”

義春は
もう一度封筒の中身を確認すると、
ちょっと間を置き返事をしました。

「は・・・
 はや・・早く・・こ・・来いよっ!
 じゅ・・10分だからなっ!」

「は・・はいっ・・・、
 ありがとうございます。」

土下座の幸絵は
その姿勢のまま
歓喜の声を上げて返事をしました。

「あの・・
 きっと・・きっとお待ち下さいね・・・。」

顔を少しだけ持ち上げ
義春を見上げて
幸絵は哀願しました。 

「わ・・わか
 わかった・・から・・・
 は・・早く行けっ!」

副収入といっても5千円のみ・・・

義春は食事代を浮かして
少しでもパチンコに
つぎ込む算段をしたのです。

「はぁ・・はぁ・・・
 お・・・
 お待たせしました・・・。」

ちょうど10分後、
分厚い脂肪に覆われた
熱がりの義春ならいざ知らず、
12月の空には肌寒い
着たきりの薄手のブラウスに着替えた幸絵が出てきました。

傍らには
彼女の唯一の財産とも言える
ママチャリを携えていました。

貰った余りものの野菜や
タイムサービス終了直前の格安食肉を
自転車の籠に詰め込んできています。

幸絵が気を病んでいた
義春がリンゴを叩きつけて汚した床は
既に拭かれていました。

「あ・・・
 ありがとうございます。
 あの、すみません、私・・・。」

「いいよ、いいよ、早くいきなっ、待ってるんだろ?」

「はいっ・・・ごめんなさい・・
 このお詫びはまた・・。」

日頃の行いなのでしょう・・・

侘びながら
明るく笑顔を向ける幸絵に
店員達は誰も文句を
言いませんでした。

「申し訳ありません・・・、
 お待たせしました・・・。」

「ふんっ!」

幸絵の挨拶もそのままに
義春は背を向けて歩き始めました。

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「あの・・・
 今日はビーフシチューと・・・
 幸絵加虐生殺自在主様のお好きなハンバーグです。」

聞いているかどうかも判らない
自分の前を行く義春に今日のメニューを
嬉しそうに語る幸絵です。

揺れる大きな背中を見つめながら
別に用意するつもりの
サラダをどうやったら食べて貰えるのか
幸せな悩みに少しだけ心悩ますのでした。

捧ぐ歓び

『捧ぐ歓び』

幸絵が義春の強引な力で引き摺られてきたのは
哀玩ストア裏の業者用車両の駐車場でした。

「きゃっ・・・!」

義春がこともなげに
腕を振ると
幸絵の身体は駐車場に投げ出されました。

「お・・おらっ・・
 だ・・出せよっ・・か・・か・・金・・!」

義春は吃音症(どもり)の傾向があります。
緊張や興奮をすると
更にそれは激しくなります。

彼に人との会話を
苦手とさせてきたそれは
彼と幸絵の人生に
少なからずの影響を
与えてきていました。

「はっ・・
 はい・・
 す・・少し
 お待ち下さい・・・。」

駐車場に投げ出された身体を
即座に起こし
粗いアスファルトの凹凸が
ストッキングを穿かない
幸絵の白い両脛に食い込みました。

義春の足元で
正座をしたのです。

年若いスーパーの女子店員が
既に冬を間近に迎えようとしている
駐車場で正座をしている姿は
人が見れば異様な物にしか見えません。

けれど
幸絵の表情にその悲哀は
見受けられません。

その答えは
彼女のポケットに有りました。

「こ・・・これ、
 どうぞお使いくださいませ・・・。」

幸絵はニコニコと
微笑みを溢しながら
ポケットから取り出した
封筒を義春に差し出しました。

バッ・・・

義春は嬉しそうに話す
幸絵の言葉尻を聞く前に
荒々しく封筒を奪い取り、
封を切りました。

ビリリ・・・ッ

中を確かめるなり義春は
正座していた幸絵の身体を蹴飛ばしました。

ドカッ!

「きゃっ!」

130kgの巨体から
繰り出されるその蹴撃はクレーン車の鉄球にも似た
衝撃を以て華奢な幸絵を吹き飛ばします。

短く悲鳴を上げた幸絵の身体は
1m近くも後ろの駐車場の地面に
したたかに打ち付けられました。

ドカッ!
ドカッ!
ドカッ!

義春は怒りの形相を浮かべ
アスファルトにひれ伏す幸絵に
凶器ともいえる体重を掛けた
蹴撃を浴びせかけました。

「あうっ!あぁっ!
 も・・・
 申し訳ありませんっ!
 申し訳ありませんっ!
 あうっ・・・!
 お・・お許し下さいっ
 お許し下さいませっ・・・!」

何が義春をそうさせたかは
幸絵にもわかりませんが
ただひたすら謝り続ける幸絵です。

ドカッ!
ドカッ!
ドカッ!

「ううっ・・
 ごめんなさいっ・・・
 申し訳ありません・・・
 ど・・どうぞ・・
 お許し下さい・・・。」

「はぁっ・・はぁ・・はぁっ!」

義春の加虐が収まりました。

ただそれは
幸絵の謝罪の言葉が通じたのではなく
義春自身が自分でも持て余す
大きな身体を動かし続けるのに
息が切れただけのことです。

しかし幸絵は
そのようなことを推考する
心理を持ち合わせていません。

ただ蹴撃が中断したのを感じとると
蹴りを加えられた痛みをものともせず
アスファルトに投げ出された身を起こし
土下座の姿勢を取りました。

「も・・
 申し訳ございません。
 申し訳ありませんでした。
 どうぞ・・・どうぞ
 ご存分に
 変態マゾ豚幸絵をお責め下さい・・。」

その可憐な幸絵の相貌から
窺い知ることの出来ない台詞が
二人だけの駐車場に響きました。

幸絵にとって
損ねてしまった義春の機嫌を
取り成すことで思考がいっぱいなのです。

「か・・顔・・・
 顔・・あ・・あげろっ!」

「・・・はいっ・・・!」

震えながら幸絵は
顔を上げました。

ガツッ・・!

するといきなり
顔に衝撃が走りました。

義春が幸絵の顔に
体重を掛けた靴底を乗せ掛けてきたのです。

yukie 003


「あぅ・・・っ」

幸絵は膝を崩しつつも
体重が掛けられた義春の靴裏を
その愛くるしい顔で支え続けます。

「よ・・よく・・・
 も・・
 持って・・
 持ってたな・・・?
 か・・
 か・・金は・・
 ぜ・・・
 全部渡すって・・・
 い・・
 言ってた・・・
 言ってたじゃないかっ・・・!?」」

義春は息も絶え絶えに
靴の下の幸絵に問い質しました。

「あ・・はい・・
 申し訳ありません・・・。
 
 そ・・そのお金は
 あの・・先日、
 改善案をお店に出したら・・
 改善賞を頂けたんです。

 その賞金なんです・・・。
 今日、さっき頂いたんです・・・。」

幸絵は
不安定な義春の姿勢を崩さないように
顔に掛かる靴裏の感触を気遣いながら
説明しました。

「ほ・・ほ・・・
 本当か・・・?
 ま・・・まだ・・・
 隠してるんじゃ・・・
 な・・ないのかっ?」

「そ・・それで・・
 全部です・・・、
 あの・・・
 封筒を御覧下さい・・
 封を開いてません・・・
 ね・・・・。」

確かに改善賞と書かれた封筒は
義春が開いた以外に切り口は無く、
裏には金五千円と書かれており
中身はその額面通りのものでした。

幸絵は
店長からその臨時収入を手渡されながら
義春の喜ぶ顔を思い浮かべていました。

今晩、その臨時収入を毎月の月給同様に
義春に渡そうと思っていたのです。

「ふん・・・・・。」

義春は足を降ろし
その封筒から現金だけ取り出し
ズボンのポケットに捩じ込みました。

”よかった・・・。”

幸絵は義春の機嫌が治ったことに
胸を撫で下ろし
投げ捨てられ
ごみと化した封筒をそっと
自分のポケットにしまいこんだのでした。

『幸絵の夫 坂井義春』

『幸絵の夫 坂井義春』

「あ・・・来たわ・・・。」

「ちっ・・またかよ・・・?」

店員たちの囁き声が聞こえます。
噂するその視線の先には
のそりのそりと歩く
大きな人影がありました。

彼の名は坂井義春29歳。
その名字が語るように
彼は幸絵の夫に当たる男性です。

店員たちの囁き声は
彼のその巨躯に勝る
横柄な態度と粗暴な行いにありました。

スーパーの商品を
素知らぬ顔で手に取り
食べ漁りします。

その行いが許されるのは
幸絵がその都度
店員達に謝罪しながら
支払っているからです。

「幸絵ちゃん、
 何であんな男と・・・。」

「定職にも就いてないって
 いうじゃない・・・?」

そう義春は仕事もせず
毎日のようにパチンコを始めとする
ギャンブル三昧の挙句
喧嘩や暴力の噂も絶えません。

「ねぇ・・・この間も
 うちのアルバイトの子殴ったそうじゃない?」

「うんうん、
 あの時も幸絵ちゃん
 店長やアルバイトの子の
 お父さんお母さんの所にまで行って
 土下座までしたって・・・。」

幸絵のその懸命の取り成しで
何とか義春の件を示談で治め、
スーパーも解雇されずに済んだことを
知らない人はいません。

彼を見る店員たちが
眉間に皺を寄せるのと対照的に
幸絵の表情は
彼の姿を見ると輝きます。

「あ・・・
 幸絵加・・・
 いえ・・ご主人様・・・
 いらっしゃいませ・・・。
 あ・・・
 美味しそうなりんご・・・
 良かった・・・。」 

yukie1 002


大の野菜嫌いの義春です。

幸絵は彼が果物でも肉以外のものを
食しているのが嬉しかったのです。

「ふんっ!」

グチャッ!

義春はそんな幸絵の思いを他所に
食べ掛けたばかりのリンゴを
床に叩き付けました。

「あっ・・・。」

幸絵が慌てて
床を掃除しようとレジを出ると
義春は幸絵の腕を掴み
外に連れ出そうとしました。

「あ・・あの
 ま・・まだ・・お・・お仕事が・・・。」

幸絵の言葉に耳を傾けるどころか
義春はより一層、
幸絵のその細い手首を力強く掴み
出入り口の自動扉に向かって歩き続けます。

幸絵は引き摺られるまま
レジの方を向き
今度は唖然としてみている
お客様と店員達に
向かい叫びました。

「あ・・あの、
 すみませんっ・・・
 すぐ戻って掃除しますからっ・・・
 ごめんなさい・・・
 あと、リンゴのお金も・・・。
 ごめんなさい・・・。」

自動扉の向こうに
二人の姿が見えなくなりました。

残された店員達は
その気の毒な幸絵を憂う
ため息を漏らしつつ
お客様に無理な笑顔を向けて
業務に戻るのでした。

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