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美しき母

義春と幸絵が
出掛ける前に必ず行く場所、
それは義春の母のところでした。

義春はアパートを離れる時
必ず小さな部屋で内職をしている
母親の元に向かいました。

義春の母の名前は智子。

15の時に義春の父である
坂井進と駆け落ちし、
その翌年
義春を産み落としたのです。

幼子を抱えた若い二人の所帯は
相当な苦労があったはずなのですが
そんな素振りを
智子も進も義春に見せる人では
ありませんでした。

「か・・
 かあちゃ・・ん、
 ゆ・・幸ちゃん・・
 つ・・連れて
 た・・たか・・
 高野川まで・・・
 い・・行ってくる・・・。」

アパートの2階の部屋に
義春が智子を訪ねると・・・

階段の下に待つ
幸絵の元まで智子は着てくれました。

「幸ちゃん、こんにちわ・・・。
 はい・・これ・・・。」

「あ・・ありがとう
 おばちゃん・・・。」

まだ20代の智子に
その呼び方は似つかわしくはありませんでしたが
智子は笑顔で応えます。

yukie006


「うん、気を付けてね。
 川の傍に行ったら駄目よ・・・。
 特に義春はおっちょこちょいだから・・・。
 
 危なそうなところに行ったら
 叱ってあげてね。」

「ひ・・
 ひど・・ひどいなっ!
 か・・・
 母ちゃん。
 お・・
 俺が・・
 俺が幸・・・幸ちゃんを
 ま・・守るの・・・。」

「そうぉ?
 あぶなっかしいからな、
 義春は・・・。」

「ふ・・ふん、
 し・・しらねぇやっ!
 か・・母ちゃんな・・なんて!」

義春は不機嫌そうな顔を見せますが、
それは決して智子のことが
嫌いで示しているわけではないことを
幸絵は知っていました。

義春は美しい母を
心の底から愛しているのです。

「気を付けてね・・・。
 それと義春
 今晩はカレーよ。
 遅くならないうちに帰ってくるのよ・・・・・・・。」

好物のカレーが
今晩のおかずと聞いて
義春の顔が明るくなったのを
幸絵は見ました。

「行ってきまぁす・・・。」

幸絵もこの美しくそして優しい智子を
慕っていました。
親しみを込めて
大きな声で出掛ける挨拶をしました。

その横で義春も
大人ぶって手を上げて挨拶をしていました。

その姿を優しい微笑を
浮かべて見ていた智子のことを
幸絵は今日まで忘れたことはないのです。

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