2010/02/15 捧ぐ歓び 『捧ぐ歓び』幸絵が義春の強引な力で引き摺られてきたのは哀玩ストア裏の業者用車両の駐車場でした。「きゃっ・・・!」義春がこともなげに腕を振ると幸絵の身体は駐車場に投げ出されました。「お・・おらっ・・ だ・・出せよっ・・か・・か・・金・・!」義春は吃音症(どもり)の傾向があります。緊張や興奮をすると更にそれは激しくなります。彼に人との会話を苦手とさせてきたそれは彼と幸絵の人生に少なからずの影響を与えてきていました。「はっ・・ はい・・ す・・少し お待ち下さい・・・。」駐車場に投げ出された身体を即座に起こし粗いアスファルトの凹凸がストッキングを穿かない幸絵の白い両脛に食い込みました。義春の足元で正座をしたのです。年若いスーパーの女子店員が既に冬を間近に迎えようとしている駐車場で正座をしている姿は人が見れば異様な物にしか見えません。けれど幸絵の表情にその悲哀は見受けられません。その答えは彼女のポケットに有りました。「こ・・・これ、 どうぞお使いくださいませ・・・。」幸絵はニコニコと微笑みを溢しながらポケットから取り出した封筒を義春に差し出しました。バッ・・・義春は嬉しそうに話す幸絵の言葉尻を聞く前に荒々しく封筒を奪い取り、封を切りました。ビリリ・・・ッ中を確かめるなり義春は正座していた幸絵の身体を蹴飛ばしました。ドカッ!「きゃっ!」130kgの巨体から繰り出されるその蹴撃はクレーン車の鉄球にも似た衝撃を以て華奢な幸絵を吹き飛ばします。短く悲鳴を上げた幸絵の身体は1m近くも後ろの駐車場の地面にしたたかに打ち付けられました。ドカッ!ドカッ!ドカッ!義春は怒りの形相を浮かべアスファルトにひれ伏す幸絵に凶器ともいえる体重を掛けた蹴撃を浴びせかけました。「あうっ!あぁっ! も・・・ 申し訳ありませんっ! 申し訳ありませんっ! あうっ・・・! お・・お許し下さいっ お許し下さいませっ・・・!」何が義春をそうさせたかは幸絵にもわかりませんがただひたすら謝り続ける幸絵です。ドカッ!ドカッ!ドカッ!「ううっ・・ ごめんなさいっ・・・ 申し訳ありません・・・ ど・・どうぞ・・ お許し下さい・・・。」「はぁっ・・はぁ・・はぁっ!」義春の加虐が収まりました。ただそれは幸絵の謝罪の言葉が通じたのではなく義春自身が自分でも持て余す大きな身体を動かし続けるのに息が切れただけのことです。しかし幸絵はそのようなことを推考する心理を持ち合わせていません。ただ蹴撃が中断したのを感じとると蹴りを加えられた痛みをものともせずアスファルトに投げ出された身を起こし土下座の姿勢を取りました。「も・・ 申し訳ございません。 申し訳ありませんでした。 どうぞ・・・どうぞ ご存分に 変態マゾ豚幸絵をお責め下さい・・。」その可憐な幸絵の相貌から窺い知ることの出来ない台詞が二人だけの駐車場に響きました。幸絵にとって損ねてしまった義春の機嫌を取り成すことで思考がいっぱいなのです。「か・・顔・・・ 顔・・あ・・あげろっ!」「・・・はいっ・・・!」震えながら幸絵は顔を上げました。ガツッ・・!するといきなり顔に衝撃が走りました。義春が幸絵の顔に体重を掛けた靴底を乗せ掛けてきたのです。「あぅ・・・っ」幸絵は膝を崩しつつも体重が掛けられた義春の靴裏をその愛くるしい顔で支え続けます。「よ・・よく・・・ も・・ 持って・・ 持ってたな・・・? か・・ か・・金は・・ ぜ・・・ 全部渡すって・・・ い・・ 言ってた・・・ 言ってたじゃないかっ・・・!?」」義春は息も絶え絶えに靴の下の幸絵に問い質しました。「あ・・はい・・ 申し訳ありません・・・。 そ・・そのお金は あの・・先日、 改善案をお店に出したら・・ 改善賞を頂けたんです。 その賞金なんです・・・。 今日、さっき頂いたんです・・・。」幸絵は不安定な義春の姿勢を崩さないように顔に掛かる靴裏の感触を気遣いながら説明しました。「ほ・・ほ・・・ 本当か・・・? ま・・・まだ・・・ 隠してるんじゃ・・・ な・・ないのかっ?」「そ・・それで・・ 全部です・・・、 あの・・・ 封筒を御覧下さい・・ 封を開いてません・・・ ね・・・・。」確かに改善賞と書かれた封筒は義春が開いた以外に切り口は無く、裏には金五千円と書かれており中身はその額面通りのものでした。幸絵は店長からその臨時収入を手渡されながら義春の喜ぶ顔を思い浮かべていました。今晩、その臨時収入を毎月の月給同様に義春に渡そうと思っていたのです。「ふん・・・・・。」義春は足を降ろしその封筒から現金だけ取り出しズボンのポケットに捩じ込みました。”よかった・・・。”幸絵は義春の機嫌が治ったことに胸を撫で下ろし投げ捨てられごみと化した封筒をそっと自分のポケットにしまいこんだのでした。
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