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『幸絵の夫 坂井義春』

『幸絵の夫 坂井義春』

「あ・・・来たわ・・・。」

「ちっ・・またかよ・・・?」

店員たちの囁き声が聞こえます。
噂するその視線の先には
のそりのそりと歩く
大きな人影がありました。

彼の名は坂井義春29歳。
その名字が語るように
彼は幸絵の夫に当たる男性です。

店員たちの囁き声は
彼のその巨躯に勝る
横柄な態度と粗暴な行いにありました。

スーパーの商品を
素知らぬ顔で手に取り
食べ漁りします。

その行いが許されるのは
幸絵がその都度
店員達に謝罪しながら
支払っているからです。

「幸絵ちゃん、
 何であんな男と・・・。」

「定職にも就いてないって
 いうじゃない・・・?」

そう義春は仕事もせず
毎日のようにパチンコを始めとする
ギャンブル三昧の挙句
喧嘩や暴力の噂も絶えません。

「ねぇ・・・この間も
 うちのアルバイトの子殴ったそうじゃない?」

「うんうん、
 あの時も幸絵ちゃん
 店長やアルバイトの子の
 お父さんお母さんの所にまで行って
 土下座までしたって・・・。」

幸絵のその懸命の取り成しで
何とか義春の件を示談で治め、
スーパーも解雇されずに済んだことを
知らない人はいません。

彼を見る店員たちが
眉間に皺を寄せるのと対照的に
幸絵の表情は
彼の姿を見ると輝きます。

「あ・・・
 幸絵加・・・
 いえ・・ご主人様・・・
 いらっしゃいませ・・・。
 あ・・・
 美味しそうなりんご・・・
 良かった・・・。」 

yukie1 002


大の野菜嫌いの義春です。

幸絵は彼が果物でも肉以外のものを
食しているのが嬉しかったのです。

「ふんっ!」

グチャッ!

義春はそんな幸絵の思いを他所に
食べ掛けたばかりのリンゴを
床に叩き付けました。

「あっ・・・。」

幸絵が慌てて
床を掃除しようとレジを出ると
義春は幸絵の腕を掴み
外に連れ出そうとしました。

「あ・・あの
 ま・・まだ・・お・・お仕事が・・・。」

幸絵の言葉に耳を傾けるどころか
義春はより一層、
幸絵のその細い手首を力強く掴み
出入り口の自動扉に向かって歩き続けます。

幸絵は引き摺られるまま
レジの方を向き
今度は唖然としてみている
お客様と店員達に
向かい叫びました。

「あ・・あの、
 すみませんっ・・・
 すぐ戻って掃除しますからっ・・・
 ごめんなさい・・・
 あと、リンゴのお金も・・・。
 ごめんなさい・・・。」

自動扉の向こうに
二人の姿が見えなくなりました。

残された店員達は
その気の毒な幸絵を憂う
ため息を漏らしつつ
お客様に無理な笑顔を向けて
業務に戻るのでした。

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