2010/02/14 『幸絵の夫 坂井義春』 『幸絵の夫 坂井義春』「あ・・・来たわ・・・。」「ちっ・・またかよ・・・?」店員たちの囁き声が聞こえます。噂するその視線の先にはのそりのそりと歩く大きな人影がありました。彼の名は坂井義春29歳。その名字が語るように彼は幸絵の夫に当たる男性です。店員たちの囁き声は彼のその巨躯に勝る横柄な態度と粗暴な行いにありました。スーパーの商品を素知らぬ顔で手に取り食べ漁りします。その行いが許されるのは幸絵がその都度店員達に謝罪しながら支払っているからです。「幸絵ちゃん、 何であんな男と・・・。」「定職にも就いてないって いうじゃない・・・?」そう義春は仕事もせず毎日のようにパチンコを始めとするギャンブル三昧の挙句喧嘩や暴力の噂も絶えません。「ねぇ・・・この間も うちのアルバイトの子殴ったそうじゃない?」「うんうん、 あの時も幸絵ちゃん 店長やアルバイトの子の お父さんお母さんの所にまで行って 土下座までしたって・・・。」幸絵のその懸命の取り成しで何とか義春の件を示談で治め、スーパーも解雇されずに済んだことを知らない人はいません。彼を見る店員たちが眉間に皺を寄せるのと対照的に幸絵の表情は彼の姿を見ると輝きます。「あ・・・ 幸絵加・・・ いえ・・ご主人様・・・ いらっしゃいませ・・・。 あ・・・ 美味しそうなりんご・・・ 良かった・・・。」 大の野菜嫌いの義春です。幸絵は彼が果物でも肉以外のものを食しているのが嬉しかったのです。「ふんっ!」グチャッ!義春はそんな幸絵の思いを他所に食べ掛けたばかりのリンゴを床に叩き付けました。「あっ・・・。」幸絵が慌てて床を掃除しようとレジを出ると義春は幸絵の腕を掴み外に連れ出そうとしました。「あ・・あの ま・・まだ・・お・・お仕事が・・・。」幸絵の言葉に耳を傾けるどころか義春はより一層、幸絵のその細い手首を力強く掴み出入り口の自動扉に向かって歩き続けます。幸絵は引き摺られるままレジの方を向き今度は唖然としてみているお客様と店員達に向かい叫びました。「あ・・あの、 すみませんっ・・・ すぐ戻って掃除しますからっ・・・ ごめんなさい・・・ あと、リンゴのお金も・・・。 ごめんなさい・・・。」自動扉の向こうに二人の姿が見えなくなりました。残された店員達はその気の毒な幸絵を憂うため息を漏らしつつお客様に無理な笑顔を向けて業務に戻るのでした。
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2014/12/15 16:33 by 編集