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幸絵の決意

彼女自身
生涯消えない
一生の後悔となるであろう
忌まわしいあの一言を思い出す 

幸絵の
今の姿と生活は
その一言による失態を取り戻すためにある

”ああぁ・・・
  よ・・義(よし)兄ちゃん・・・
   ごめんなさいっ・・・・・”

あまりの猛省に
彼の慕わしい呼称が脳裏に蘇る

”申し訳ございませんでしたっ・・・
 同じ過ちを・・・
  また繰り返してしまう所でした。”

もう決して
取り繕った言葉やその場しのぎの言葉を
発してはならないことをあの時・・・

”そう・・あの時
  心に刻みつけたのでしょう蛆絵っ!
 本気で・・・本気で・・
  実行する気でお伝えしなればなりせん!”

その実行なくば
義春の誤解を得ることも
彼との和解も決して有り得ない

繕った言葉はもう述べません・・・!

”愛しい蛆絵生殺苛虐自在主様・・・
 もう蛆絵は・・・
  蛆虫蛆絵は決して・・・
   決して偽りの言葉を述べませんっ!
 人であること・・・
  家畜ですらないこと・・・
 蛆絵は心の底から
  真性マゾ蛆虫になりますっ・・・!”

いずれ人間生活を捨て・・・
生物としても過酷な環境に身を置くことを
幸絵は覚悟した

聞きたくない言葉

義春に促されるまま
自らの住いを
凡そ人らしからぬ場所を述べた幸絵に
義春は詰めり寄る

「てっ・・・適当なことっ・・・
  こと言うんじゃねぇっ・・・くっ・○そ蛆虫っ!」

”・・・・・・っ!”

義春が放つ憤りが
全裸の幸絵の肌にひしひしと伝わりくる

思惑に反して義春の機嫌を
知らず知らずに
損ねてしまう
自らの言動に幸絵は戸惑った

”ああ・・・考えなきゃ・・・
  考えなきゃ・・・
   何とか・・・愛しい
 愛しい蛆絵生殺苛虐自在主様の
   お気に召す言葉で
     気持ちをお応えしないと・・・。”

幸絵の焦燥など
お構いなく
義春は更に彼女に畳み掛ける

「はんっ・・・
  どっ・・・どうせ・・・・・・
   てっ・・適当に騙せばいいっ・・・
     おっ俺の・・・俺のことなんて・・・
 むっ・・務所(少年刑務所)を出た時から
   おっ・・・お前は・・・・
     そっ・・・そういう奴だものなっ・・・。」

”あっ・・・あああ”ああ・・
  決して・・・
   決してそのようなことは・・・”

決してそのようなことは・・・

彼が憎しみを込めて
漏らした言葉は
幸絵が最も耳にしたくは無いものだった

幸絵の棲家

糞虫のくせに・・・いい度胸・・・・

「さっ・・・殺虫駆除だぁぁ?
  いっ・・いい度胸してんじゃねぇか・・・?
   あぁん・・・便所虫のくせにいいぃぃっ?」

義春が声を凄ませ
幸絵に詰め寄る

ふっ・・踏み潰してやる・・・・っ

「ふっ・・・踏み潰して
  便所に捨ててやろうかっ!?」

”ああ・・・どうしたら・・・”

「ああんっ・・どっどうなんだっ!!」

語気を荒げる
義春に幸絵は怯えた

「は・・はいっ・・・あの・・
  わ・・私は・・蛆絵は・・・
   蛆絵は最下等マゾ便所虫ですから・・・
  くみ・・汲み取り便所で汚物に塗(まみ)れて
   棲まわせて頂くのが
    ふっ・・相応しいです・・・・。」

「ほっ・・・ほうっ・・
   い・・いいんだな・・・糞虫っ?」

義春の表情に
  冗談や嘘は感じられない・・・。

どうしたら良いのでしょう・・・・

”あああ・・・
  どうしたら・・・
   どうしたら良いのでしょう・・・・”

殺虫駆除

つまんねぇこと言いやがって・・・!

「ふんっ・・・
 つっ・・・つまらねぇっ・・・!
 つまんねぇこと、
 いっ・・言いやがって・・・!

幸絵が目を凝らさずとも
やっと
愛しい夫の顔を捉えることが
出来たとき

そこにあったのは
いつもの世を拗ねた
不満の表情そのものでしかなかった

”ああ・・
  あああ・・・”

その不満を招いたのは
自ら放った支離滅裂な言葉であることを
幸絵は悔やんだ

”ばかっ・・・
  蛆絵のばかっ・・・!”

もう愛しい夫から
貶(けな)し
蔑すんでもらい
惨めな家畜妻として
思う存分
嘲笑(あざわら)われたい

彼女の
その囁かな期待が叶う気配は
既に何処にもない

申し訳ございませんでしたっ!愛しい蛆絵生殺苛・・・ああぁ

「申し訳ございませんでしたっ!
 愛しい蛆絵生殺苛・・・・」

「うっ・・うるせぇっ・・・
 ばっ・・罰をくれてやるっ!」

幸絵の謝罪の言葉を遮り
気分を害したとばかりに
義春が叫んだ

「はっ・・・はいっ!」

蛆絵を殺虫駆除してください・・・!

”ああ・・・
 御機嫌を・・・何とか御機嫌を・・・”

「ああ・・・役立たすの
 マゾう○こ虫蛆絵を
  どうぞ殺虫駆除してください・・・っ!」

自分への憤りを込めて
幸絵は叫んだ

今再び
溢れ来る涙を零(こぼ)さまいと
堪える幸絵の瞳には
被虐の光りが宿っていた






思わぬ誤算

”愛しい蛆絵生殺苛虐自在主様の
 お望みのままに
  どんなことにも
   耐えられることのできる
    真性マゾにならないと・・・・”

真性マゾな蛆虫になりたいですっ・・・!

「蛆絵・・・蛆絵はっ・・・
 心から・・・心の底からっ・・・
  心の底から
   真性マゾな蛆虫になりたいですっ!」

まともに聞けば
うら若い女性が放つ言葉とは
到底信じがたい言葉だった

しかし幸絵にとっては
義春への純粋な想いを込めた
真剣な愛の言葉だった

”ああ・・・
 愛しい蛆絵生殺苛虐自在主様・・・”

不覚にもうっすら
浮かべてしまった涙の向こうで
義春の姿が霞んだ

「ぶっ・・・ぶふぅぅふうぅっ!!」

義春の様子がおかしい

”え・・・?
 ・・・愛しい蛆絵生殺苛虐自在主様・・・?”

え・・・?

幸絵は涙を零さぬように堪えながら
ぼやけた
義春の表情を必死に見た

「ぎゃははははぁぁぁっ!・・・
 しっ・・・真性マゾな・・・
 うっ・・蛆虫ぃ??
 ぎゃは・・・ぎゃはははは・・・・」

そんな蛆虫いるかよっ!ぎゃははははっ・・・!!

「そっ・・・そんな
 うっ・・・蛆虫いっ・・いるかよっ!?
  ぎゃははは・・・」

”あっ・・ああ・・・
あああ・・・そんな・・・・?”

幸絵にとって
思わぬ誤算が生じていた




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